楽しい環境の中で発達的なアプローチを実践し成長を促す

 本児童が通所し始めてから1年が経過しようとしています。ここまで様々な改善点が見られていますが、課題も未だ残されている状態です。本支援計画書では、はじめに最近の様子、次に自閉症児が学校で困り感を持つ理由とそれを改善する方法、続いて、ここまでに改善された点と今後の課題をお伝えします。

 最近の様子をお伝えします。6月から学校が始まったことによる環境の変化に伴い、少し落ち着きのない様子が見られています。新学期が始まり、新しい教室で、新しい先生、新しい友達と過ごすことになり、本児童を取り巻く物質的・人的環境が大きく変化しました。それにより不安定となった「環世界(Umwelt: Uexkull, & Kriszat, 1934)」(山内弥生・高橋登, 2013, p.118)が本児童にとって安定した環世界になるには、一定程度の時間経過が必要であると推測されます。不安定な時期は、一度できるようになったことができなくなってしまうこともありますが、成長過程の一つとして温かく見守っていきます。環世界の概念については「主体と環境が分離されるものではなく、主体は環境に常に包まれており、その環境自体が主体から見えて(あるいは感じられて)いるようなものとして存在していることをあらわす概念」と山内・高橋(2013)は述べています (p.118) 。 また、山内・高橋(2013)は 、自閉症児が学校で困り感を持つ理由を以下のように述べています。

学校では、制度的な枠組みと子どもの障がいの双方のことから、自閉症児はさまざまな困難に直面せざるを得ない。学校で子ども達は集団の中で生活し、共通の目標の下で統一的な、つまり、みなが同じ行動を求められることが多い。他児との不断の関わりがあり、子どもは受動的に動くばかりでなく、能動的に対応することも求められる。また、他の児童との間では、障がいに固有の仕方で独特な振る舞いをすることもあり、時には、それによって周囲の児童と同じ環境の中で活動できないことや、その行動が周囲を巻き込むトラブルに発展することもある。そうした点から、自閉症児の環世界は安定的なものとはなりにくい状況にあると考えられる。(p.118)

山内・高橋は、学校では自閉症児の環世界が安定的なものとなりにくい状況であることを説明しています。また、山内・高橋は「現在実践されている療育プログラムの多くは、それまでの行動療法的なアプローチとの対比から、発達的なアプローチ」であると紹介しています (p.117) 。そして、その内容は「コミュニケーションが自発的に促されるような環境ないし場面を用意し、子どもの方が相互行動を開始し、大人は子どものリードに従って、子どもの意図に反応し、子どもの行動を発展させるものとしてまとめること(Wetherby & Woods,2008)」と述べています (p.117) 。 この発達的アプローチは、私たちが実践する楽しい環境を提供することによって子どもの自発的な行動を促す療育方針と相通ずる内容です。引き続き本児童の成長を促進させるために発達的なアプローチを実践していきます。また、楽しい環境とは、本児童に合ったものでなければならず、本児童の気持ちを汲み取る努力をしていきます。

 続いて、ここまでに改善した点及び今後の課題をお伝えします。運動エフェクト・戸外活動・学習・帰りの会・自由遊びの5つの場面に分けてお伝えします。なお、同じ行動が複数の場面で見られることもあり、内容が重複している場合もあります。

 まず、運動エフェクトでの状態をお伝えします。運動エフェクトの始めと終わりの整列では、切り替えが苦手なこと・指示が聞こえていないことから、フラフラしていてなかなか自分の場所に並ぶことができませんでした。また、並んだ後に友達の背中をつつく等のちょっかいをかけることもよくありました。しかし、最近は並ぶまでの時間は掛かるものの友達にちょっかいをかけることはなくなり、整列係の指示に従えるようになりました。また、終わりの整列は比較的早く並ぶことができるようになっています。整列後のあいさつでは寝転がってしまうことが多く、よく声を掛けられています。以前は声を掛けられてもなかなか正すことができませんでしたが、最近はすぐに座ってくれるようになりました。あいさつをする係を頼まれた時は自ら正すことができています。実技に取り組む時間は、初めの頃はやりたがらず、寝転がったり立ち歩きをしたりして過ごしていました。しかし、取り組んでみると意外とできることに気付いて自信をもち、集団遊びや得意なことに積極的に取り組むようになりました。集団遊びでは、「鬼をやりたい」等の意思表示も自ら示すようになりました。その際、「ハイハイと言わず静かに座って待っていたら鬼になれるよ」等の声掛けにより、どうすればよいかを理解し、行動に移すことができるようになりました。まだ足じゃんけんや短縄等、得意でない種目はあまり取り組もうとしませんが、全体的に参加の機会は増えています。他の子が取り組んでいる時に座って待つことは依然として難しく、自分の番でない時は寝転がっています。しかし、「座っていたら(次の運動が)できるよ」と前向きな声掛けを行うと、運動の好きな本児童は素直に聞き入れ、短時間であれば座って待つことができるようになりました。まだ長続きはしませんが、「やりたい」という前向きな気持ちが適切な行動に結びついている一例です。集団遊びで負けてしまった時は悔しくて涙を浮かべながら「〇〇は悪い子だ」と言って別の部屋へ行ってしまうことがあり、気持ちを切り替えるまでに時間がかかっていました。しかし、最近は、不適切な発言は出てしまいますが、別の部屋へ行こうとした時に席に戻るよう声を掛けると、自分の席へ戻ることができるようになりました。運動エフェクトは本児童が好きな活動であり、前向きに取り組むことができています。多少課題は残っているものの、全体的に改善傾向にあります。

 次に、戸外活動での状態をお伝えします。戸外活動では、興味をひかれるとペアの子をおいて一人で別の所へ行ってしまったり、遊具のない広場では遊べずベンチにずっと座っていたりすることがありました。しかし、ペア活動に取り組む中で、「〇〇ちゃん、あっち行こう」等の呼び掛けができるようになり、一人でどこかへ行ってしまうことはなくなりました。また、指導員が見守る中で友達と関わる機会を設定したことで、友達と仲良くするためにルールを守ることを覚えたり、友達と一緒に遊ぶことの楽しさを感じたりできるようになりました。友達との関わりを自ら求めるようになってから、遊具のない広場でも鬼ごっこや野球、サッカーをして楽しそうに過ごすことが増えました。戸外活動では、ペア活動により指導員が仲介しながら友達と関わる機会を設けてきたことから、友達との関わり方を覚え、ルールに沿って楽しく活動することができるようになりました。

 続いて、学習の時間での状態をお伝えします。学習はなかなか取り組む気になれず、始めるまでにとても時間がかかり、床に寝転がるといった逃避行動も見られます。また、私語が多く、友達に「静かにして」と言われる等、友達とトラブルになることがあります。宿題や公文をやるよう声を掛けると指導員に対し「お前がやれ」等の不適切発言をし、反抗的な態度を示します。休校期間中はその日の課題を終えられるようがんばる姿が見られましたが、休校明けは机に向かうことができず終わらないことが続きました。ここ数日は、始めるまでに時間はかかるものの、時間内に終えられるようになりました。一旦取り組み始めるとスムーズにできるので、いかにやる気になってもらうかが現在の課題です。

 続いて、帰りの会での状態をお伝えします。帰りの会では、初めて知ったことや楽しかったことの発表をしてもらっています。初めは「言えない」と言うことがよくありましたが、経験を重ねるうちに「いつ」「どこで」「何をした」という型に沿って上手に言うことができるようになりました。他の子の発表中に寝転がって聞いていないときもありますが、ルールを伝えると、短時間であれば意識して抑えることができています。まだ長続きはしませんが、本児童も得意な活動として認識しており、言いたいという気持ちがあることから、ルールを守ることにつながっています。運動エフェクトと同様、発表もがんばろうという意欲が感じられ、良い傾向にあります。

 最後に、自由遊びでの状態をお伝えします。通所し始めた頃は、一人で遊んでいました。次第に、指導員と関わるようになりました。そして、指導員とのお馬さんやロボット(指導員の足の上に本児童に立ってもらい、一緒に歩く)といった触れ合う遊びを気に入るようになり、本児童から「やってやって」「もう一回」と言いに来てくれるようになりました。この頃から、私たちとの関わりは楽しいものだという認識ができてきたと推察されます。友達との関わりは、初めは友達の作った物を壊す等の不適切な行動がよく見られました。謝るよう促しても謝ることもできませんでした。次第に、同学年の友達に本児童がちょっかいをかけにいくと、その子が相手になってくれるようになり、仲良くなりました。とても気の合う友達で、いつも一緒に遊んでいました。休校期間中には、年上の友達の名前をたくさん呼んで慕うようになり、ボール当てやじゃれ合い等をし、だんだん誰とでも仲良くできるようになりました。今では、不適切な行動で気を引こうとすることはなくなり、上手に関われるようになりました。また、友達に話しかける時に、友達の目をチラッと見る等、相手のことを意識できるようにもなりました。コミュニケーションの面では、本児童から指導員に話しかけてきてくれたり、友達に「ねぇ、見て」と作った物を見せに行ったりする等、積極的になりました。最近は、誕生日のこと等、自分のことを話してくれることも出てきています。自由遊びの場面では、友達との関わりを通して、相手を意識したり楽しさを共有したりする行動がとれるようになり、大きく改善しました。

 以上、これまでの様子を振り返ると、多くの点で成長したことが分かります。今後も楽しい環境を提供するとともに、本児童の特性を考慮し、本児童を取り巻く環世界が安定したものとなるようサポートしていきます。

引用文献

山内弥生・高橋登(2013).小学校入学にともなう自閉症児の学校環境への移行過程―短期縦断的分析― 大阪教育大学紀要第Ⅳ部門教育科学 62,117-132.

Juri F.