ナラティブ・アプローチを通して、帰りの会の発表が上手にできるようになる
本支援計画書では、はじめに、良い点及び今後の課題、次に、運動エフェクトにおいて認知機能を要する運動の指標及び本児童の現状、続いて、想像力を生み出すナラティブ・アプローチについて述べていきます。
まず、良い点及び今後の課題をお伝えします。明るく素直な性格で、様々な活動に一生懸命取り組む姿が印象的です。運動の面では、身体を動かすことが大好きで、楽しそうに取り組んでいます。記録会で繰り返し取り組んでいる短縄やドリブルが少し続けられるようになりました。マットの横跳びやお尻歩き等、あまり取り組んだことのない運動は「どうやって?」と尋ねてお手本を見せてもらい、動きを上手に真似してがんばっています。コミュニケーションの面では、お話することが好きで、車の中では指導員に積極的に話してくれます。また、友達に自分から呼び掛け、友達と一緒に遊ぶことが少しずつ増えています。公園でサッカーをしたり、教室で警察ごっこをしたりし、楽しそうに過ごしています。学習の面では、落ち着きがあり、集中して取り組むことができています。筆圧が強くなり、なぞり書きが上手にできるようになりました。また、自分の名前の一部や数字が一人で書けるようになり、がんばっています。今後の課題は、認知機能をさらに伸ばすことです。運動エフェクトの認知機能を要する運動があまりできなかったり、集団遊びのルールが分からなかったりします。また、話のまとまりがなかったり、聞かれたことに対して答えられなかったり、パターンが変わると何と答えればよいか分からなくなったりします。このような認知の弱さが見られますが、今後ナラティブ・アプローチを通じて、認知をさらに伸ばし、改善を図っていきます。
次に、運動エフェクトにおいて認知機能を要する運動の指標及び本児童の現状についてお伝えします。運動エフェクトでは、単に身体を動かすだけでなく、記憶したり、ルールを理解したり、判断したりする等、認知機能を要する運動をたくさん取り入れています。それらの運動を簡単なものから難しいものへ15段階に設定した弊所独自の指標があり、主に1段階から順にできるようになりますが、時にはできるようになる順番が入れ替わることもあります。本児童の現状は、3段階目の代わり鬼まで、声掛けがなくても一人で取り組んだり、ルールを理解した上で楽しんだりできるようになりました。しかし、4段階目以降は、参加しているものの、鬼にタッチされないように渡るというルールやワンバウンドでパスするという指示等を理解することが難しく、ルールに沿って行うことができていません。今後も言葉でのアドバイスだけでなく、お手本を示して実際に真似してもらうようにします。真似することが得意な本児童の強みを生かし、身体で動きを覚えてもらいます。その際、スモールステップでできる範囲を少しずつ広げていくとともに、即時フィードバックで意欲を維持すること、次の機会に良い気持ちで臨めるよう成功で終えることに留意していきます。認知機能を要する運動は、すぐにできるようになるものではありませんが、日々楽しく活動する中で一つでも多くの運動ができるように支援していきます。
続いて、想像力を生み出すナラティブ・アプローチについてお伝えします。お話が上手になるためには、話を論理的に組み立てる力や想像力が大切です。これらの力を育むため、弊所では、帰りの会において学校で習ったことや初めて知ったこと、楽しかったことを発表する場を設けたり、新聞記事を使って「項目特定処理」を行い重要な点を見抜くクイズをしたりする等、ナラティブ・アプローチを実践しています(島田,2008)。これから、ナラティブの6つの観点「①ブルーナーのナラティブに対する考え方、②ブルーナーが言語獲得プログラムについて主張したこと、③ナラティブの特性、④ブルーナーがストーリーの解釈を深化させたこと、⑤語ることと聞くことの関連について、⑥教育におけるナラティブ」を述べていきます。ブルーナーは、「可能世界の心理」において、論理-科学的思考様式とナラティブ的思考様式があることを指摘し、ナラティブ的思考様式の研究をした人です。1つ目の観点は、ブルーナーのナラティブに対する考え方です。ナラティブについてブルーナーは、「文法の形式を習得する根源であると主張し、我々が生活する世界はナラティブのルールとその骨組みによって構成されることを提案(今井康晴,2010)」しました。私たちは生活のあらゆる場面で他者との関わりをもち、ナラティブを通じて言葉の使い方や文法の形式を習得していきます。子どもたちは新しい知識に対して不完全な理解にとどまっていますが、内省的介入、つまり、その内容について大人と対話を交わすことによって不完全な知識がまとまりのある知識へと変わり、より深い理解につながります。2つ目の観点として、今井(2010)は、ブルーナーが言語獲得プログラムについて主張したことを以下のように述べています。
ブルーナーは、子どもたちの興味や注意が行為により支配されていること、そして風変わりな事柄への注意を集中し、その情報を処理するレディネスが早くから備わっていること、時系列を標準化した形で保持すること、全体的な音声により見通しをもつこと、これらの能力が物語的道具の使用によって、早期に豊富な装備をもたらすことを確信した。したがって経験を物語ることによって言語獲得プログラムの優先性と特性を確固たるものにすることは、幼児においても可能であり、幼児が言語以前の早期から物語的意味へのレディネスを備えていることを主張した。(p.53)
今井(2010)は、経験を物語ることによって言語獲得に必要な装備を幼児期から備えることができるとブルーナーが主張したと述べています。つまり、情報処理能力はナラティブにより身に付くと言えます。ナラティブによって、初めはバラバラに考えていたことが次第に時間的・因果的に結び付いたり、複数の情報から必要な情報だけを選び出したり、状況を読み取ったりする等、身の回りにあるたくさんの情報を適切に処理することができるようになります。3つ目の観点として、今井(2010)は、ナラティブの特性を以下のように述べています。
ナラティブの特性は、獲得した言語の使い方や、共同体での生活に必要な対人交渉の学習を通して身に付けられるもので、物語的文脈における規範や通常からの逸脱を説明する時に物語的説明が活性化すると考察した。また、物語における心的表象形式としての言語は、他者の行為や表現によって、また人が相互に干渉する社会的文脈によって引き起こされる生得的な表象として捉えた。(p.53)
今井(2010)は、ナラティブは言語の使い方や対人交渉の学習を通して身に付けられると述べています。4つ目の観点として、今井(2010)は、ブルーナーがストーリーの解釈を深化させたことを以下に述べています。
ナラティブ的解釈では、「話し手」が「聞き手」に対して「語る」という行為が、ある事象の解釈による意味形成の重要な手段となり、文化で生活する人間の行為を規定するものとして提案された。その様式は上述した二つの思考様式における論理科学的とナラティブの相互作用に認められる。そしてブルーナーは、ナラティブにおける個別のストーリー(法廷、文学、自己(自伝))の分析や解釈に関する考察で「二重の景観(dual landscape)」を挙げ、ストーリーの解釈を深化させた。それは、展開されるストーリーの中で、作り手からみた視点の景色、ストーリーの主人公からみた景色、その他の登場人物からみた景色との複雑な絡み合いを通して、新たな世界観や解釈を導き出されることを提案した。(p.55)
今井(2010)は、語る行為は事象の解釈に重要な手段であり、自分以外の立場から見た景色を知ることで新たな世界観や解釈を手に入れることができるとブルーナーが提案したと述べています。つまり、対話は、別の人の解釈に触れたり、一見無関係に見えることをつなぎ合わせ新たな意味を生み出したりする手段となり、対話をすることで他者の考え方を自分の既存の考え方に取り込み、新たな価値観や可能性を生み出していくことができると言えます。5つ目の観点は、語ることと聞くことの関連についてです。ブルーナーは、「科学を創造する過程の一つとしてナラティブを認識し、ナラティブに含まれる一連のストーリーは解釈の循環によって意味付けられることを主張した。そしてストーリーは説明されるものではなく解釈されるものとして扱い、ナラティブとストーリーの典型(今井,2010)」としました。語ることは人の話が理解できるようになることと言うことができます。語る時には、言いたいことの要点を選び、順序立てて話すために頭の中で整理することが必要になります。これができるようになると、人の話の要点も分かるようになり、話を聞いて理解することができるようになります。6つ目の観点は、教育におけるナラティブについてです。「教育におけるナラティブは、物語という表現形式で経験を表す能力として単純な子どもの遊びに留まるのではなく、文化の中で営まれる生活の大部分を支配する意味形成の手段として位置づけた(今井,2010)」とあることから、ナラティブは論理力を身に付けるだけでなく、ものの考え方・見方をも枠付けていくものと言えます。私たちは、ナラティブによって他者の考え方を取り入れて新たな視点から物事を考えられるようになり、社会的文脈によって形成され共有される意味を捉えることができるようになります。そして、ナラティブは自らの経験を枠付ける意味のまとまりとして機能し、私たちのその場の言動だけでなく、その先の言動をも方向づける重要な役割を果たします。ここまでナラティブの6つの観点を述べました。ナラティブは、日々の生活の中で様々な経験をし、その経験について対話することで身に付きます。帰りの会の発表において、本児童はまだこちらの意図を汲み取って答えることは難しいですが、心に残っていることを一生懸命話してくれます。新たなものの考え方や見方を獲得する一助となるよう、本児童の発表から伝えたかったことを汲み取り、新たな価値観を付加して言葉を返していきます。また、その他の場面でも出来事を共有して対話する機会を増やし、より上手に話すことができるよう支援していきます。
以上、良い点及び今後の課題、運動エフェクトにおいて認知機能を要する運動の指標及び本児童の現状、想像力を生み出すナラティブ・アプローチについて述べました。ナラティブ・アプローチでは、新たに出会う知識に対する内省的介入を行うことで、新たな価値観や可能性を生み出すことができます。また、対話を通して、身の回りにある様々な情報を取捨選択したり、自己を取り巻く世界を捉えたりする力を身に付けることができます。その力は、未来の言動をも方向づける重要な役割を果たします。今後も、対話を通して様々な考え方を伝え、本児童がより楽しく過ごしながら、より成長できるよう支援していきます。
引用文献
今井康晴(2010)「ブルーナーのナラティブ論に関する一考察」『広島大学大学院教育学研究科紀要第一部学習開発関連領域』59、51-57
Juri F.