干渉条件を主としたRSTを通して、不要な情報を抑制する力を伸ばし、読解力を向上させる

 明るく優しい性格で、友達と関わりをもちながら、仲良く過ごすことができています。自由遊びの時間はブロックで遊ぶことが好きで、ロボットや犬、ドラゴン、ベビーカー等、色々なものを作っています。イメージした物を細かい部分まで形に表すことが得意で、ベビーカーのリクライニングや日除けの部分等を上手に作っていました。

 運動エフェクトでは、どの種目も積極的に取り組み、がんばっています。短縄の二重跳び練習では、手首で縄を回すことが上手になり、もう少しで跳べそうです。跳び箱では、低い段から挑戦して自信をもち、縦4段を跳べるようになりました。集団遊びでは、勝ち負けにこだわらず、ゲームとして楽しめるようになりました。鬼を続けられるようになったり、椅子取りゲームや鳥かごで負けてしまった時の切り替えが早くなったりする等、思い通りにならない時にも気持ちの制御がスムーズにできるようになりました。

 学習の面では、公文・レプトンをがんばっています。学習中にイライラすることが減り、穏やかに取り組むことができるようになりました。公文では、復習の効果があり、ケアレスミスや計算ミスが少なくなりました。レプトンでは、単語や文の覚えられる量が増え、一人で読むことができる文が増えました。

 コミュニケーションの面では、帰りの会の発表をがんばっています。帰りの会では、初めて知ったことや最近気になっていることの発表をしてもらっています。鉄塔には赤と灰色のものと灰色のみのものがあるがその違いは何か等、日常生活でよく見るものの中から「なぜ」を見つけ出すことができ、優れた着眼点をもっています。また、初めて知ったことでは、話を上手にまとめることができ、分かりやすく発表することができています。

 本児は、様々なことに積極的にチャレンジしたり、友達に思いやりのある言葉をかけることができたり、注意を素直に受け止めることができたりする等、良い面が多くあります。今後も良い面をさらに伸ばし、成長を促していきます。

 本支援計画書では、読解力についてお伝えします。文章読解に必要とされるものとしてワーキングメモリが挙げられます。ワーキングメモリは「情報の一時的な保持作業と処理作業を行うシステムであり、文章読解や推論、問題解決などの高次認知課題において重要な役割(大塚ら,2003)」を担っています。従来よりワーキングメモリの容量は読解力と関連があるとされてきました。そして「ワーキングメモリ容量の個人差を測定するために開発されたのが、リーディングスパンテスト(reading span test:RST)(大塚ら,2003)」です。RSTとは「相互に意味的関連のない刺激文をいくつか音読し、同時に1文につき一つずつ指定されたターゲット語を記銘する。試行の最後でこれらの単語の再生が要求され、その再生成績をもとに得点が算出される(森下ら,2007)」テストで、単語の記憶と文の音読を同時に行う二重課題です。森下ら(2007)は、「RST成績と読解力との間には高い相関が認められる(森下ら,2007)」と述べています。RST成績と読解力との間に高い相関が認められる原因については様々な議論が存在しますが、「“文”の処理という読解に不可欠な要素を含むから(森下ら,2007)」という刺激文の言語的処理を重視する立場と、「RSTの刺激文の役割は、処理と貯蔵という二重課題の状況を作り出す点にあり、“文”を言語的に処理する作業がRST成績と読解力との間の相関を高めているわけではない(森下ら,2007)」という刺激文の言語的処理を重視しない立場の2つの争点があります。

 前者の刺激文の言語的処理を重視する立場(長期作動記憶仮説)では、RST成績と読解力に相関が生じるのは文章読解過程で必要とされる理解方略がRSTでも刺激文の処理に利用されるからであると考えています。理解方略は「個々の文を構文解析して意味情報を符号化し、先行する文脈や関連する知識と合わせて検索構造として統合する(森下ら,2007)」スキルです。読解力の高い人は理解方略を有効に利用することができるため、文章の内容を想起しやすいと考えられています。一方、後者の刺激文の言語的処理を重視しない立場(貯蔵+制御仮説)では、RST成績と読解力に相関が生じるのは「言語的なワーキングメモリの二つの成分(注意の制御と言語的な短期記憶)のはたらきを必要とする(森下ら,2007)」からであると考えています。そして、RSTにおいて上記二つの成分(注意の制御と言語的な短期記憶)がいかに重要な役割を果たしているかについては、ワードスパンテスト(word span test:以下WSTとする)とRSTを比較することで説明しています。WSTは「短期的にどのくらいの情報を覚えておけるかという言語的な短期記憶の成分(森下ら,2007)」で「WST成績が読解力との間にある程度の相関を有する(Daneman & Merikle,1996)(森下ら,2007)」ことが示されています。これに対し、RSTは「音読を行いつつ、チャンクにまとめる情報へと能動的に注意を向ける必要(森下ら,2007)」があり、「RST成績と読解力との相関が、WSTのものよりも高くなる(森下ら,2007)」ことが示されています。そして、森下ら(2007)は実験の結果、「RSTの刺激文に対して言語的処理を行うことは、RST成績と読解力の相関に大きく影響しない(森下ら,2007)」ことを明らかにしました。「RSTの処理作業は“文”を対象としているために、文章読解と同様の言語的処理を要求することで読解力との相関を高めている(森下ら,2007)」ような印象を与えますが、「RSTの刺激文の役割は、二重課題状況下での言語的短期記憶を十分に測定できるように、注意の制御に負荷をかけることであると考えられる(森下ら,2007)」と結論づけました。弊所では、RSTや二重課題状況の遊びを多く取り入れています。引き続き読解活動において言語的処理よりも注意の制御や言語的な短期記憶を刺激する活動を行っていきます。

 RSTと読解力テストの成績に介在する共通要素は、従来はワーキングメモリ容量とされてきましたが、現在はワーキングメモリの抑制メカニズムといわれています。「Gernsbacher, Verner, & Faust(1990)は、読解力の個人差に情報の抑制メカニズムの個人差が深く関わっている(大塚ら,2007」)ことについて次のように述べています。

文章中の情報によって連続的な心的表象を構築することが読解の最終目標である。心的表象の連続性を保つためには、すでに構築された心的表象に必要に応じてアクセスしなければならない。このとき、不要な情報を効率的に抑制できなければ、必要な情報にアクセスできずに連続した心的表象の構築が妨げられることになる。つまり、効率的に情報を抑制できる人は心的表象の構築に優れ、読解力も高くなる(p.132)

Gernsbacher, Verner, & Faust(1990)は、読解力に優れている人は、不要な情報を効率的に抑制することができると述べています。読解過程において、因果的・時間的・空間的関係や主人公の気持ち等は進行によって変化していくもので、読み手はこの状況モデルを必要に応じて更新していかなければなりません。この際、保持していた先行情報の中から不要となる情報を判断し、状況モデルから取り除いていきます。読解力に優れている人はそうでない人に比べ、テキスト全体と主題を照らし合わせてワーキングメモリ内の情報を更新する力が優れています。抑制しなければならない情報が増加すると低読解群の成績は低下しますが、高読解群の成績は変化しないことが分かっています。

 また、Engleら(1998)のグループは、「保持および処理作業を同時並列的に行う状況においては注意を制御することが重要であり、妨害情報を抑制する注意制御の働きによってワーキングメモリ容量が規定される(大塚ら,2003)」とする抑制資源仮説を提唱しました。「注意を引きやすい不適切な情報が妨害情報であり、この妨害情報を効率的に抑制できる人ほど注意の制御に長けている(大塚ら,2003)。」また、「注意制御を効果的に行えばワーキングメモリ容量を効率的に保持および処理作業に割り当てる(大塚ら,2003)」ことができるため、RSTのようなワーキングメモリ課題で高成績が獲得できることにつながると予測しました。そして、大塚ら(2003)は実験で、「妨害条件はターゲット語と意味的に関連のある語を文中に並置したのに対し、干渉条件ではターゲット語を記銘する前にターゲット語と意味的に関連のある単語を含む文を音読する(大塚ら,2003)」ように被験者に求めました。そして、大塚ら(2003)は実験の結果、RST成績には妨害情報を抑制する能力と不要になった先行情報を抑制する能力の両方が影響を与えるが、読解力には不要になった先行情報を抑制する能力のみが影響を与えていることを明らかにしました。したがって、RSTに取り組む際には、ターゲット語と意味的に関連のある単語が文中に並置されている妨害条件よりも、ターゲット語を記銘する前に意味的に関連のある単語を含む文を音読する干渉条件を設けることに意識を置き、より効果的に読解力を伸ばすことができるよう配慮します。

引用文献

大塚結喜・森下正修・近藤洋史・苧阪直行(2003)「読解力とワーキングメモリにおける抑制メカニズムの関係性」『基礎心理学研究』21,131-136

森下正修・近藤洋史・蘆田佳世・大塚結喜・苧阪直行(2007)「読解力に対するワーキングメモリ課題の予測力-リーディングスパンテストによる検討-」『心理学研究』77,495-503

Juri F.