論理療法を通して適応的な物事の捉え方を知り、不適応行動を減らす

 明るい性格で、友達と関わりながら楽しそうに過ごしています。自由遊びの時間は、友達と一緒に恐竜の人形やカードで遊んでいます。友達のしている遊びに入れてもらう時には、初めは自己主張を抑え、「○○君、どの恐竜なら使ってもいい?」と控えめに尋ねたり、友達のストーリーに合わせたりすることができ、自然に遊びに加わることができます。運動エフェクトでは、「やりたい」という気持ちが強くなり、がんばっています。ドリブルや幅跳びの記録会では、繰り返し取り組むことにより、少しずつ記録が伸びています。また、得意ではない種目にも取り組めるようになりました。集団遊びでは、8の字鬼や色鬼、高鬼等、鬼ごっこ系の遊びが好きです。鬼に捕まらないよう考えながら動くことができ、上手です。ルールの理解力もあり、しっかりとルールを守って行うことができます。ドッジボールでは、最後の一人まで残ることも多くあり、がんばっています。学習の時間は、切り替えが早く、集中して取り組むことができます。以前は「どうして公文をやらないといけないのか」と言っていましたが、今では公文に取り組むことが習慣となり、自ら取り組み、早く終えられるようになりました。スラスラと問題を解くことができ、計算ミスもほとんどありません。帰りの会では、初めて知った言葉の発表をしています。予め辞書から発表する言葉を選び、言葉の意味を暗記し、スラスラと発表することができます。また、その言葉の語源も併せて発表してくれることも多く、詳しく説明することができます。最近はShow & Tellに挑戦してくれることも多くなりました。好きなおもちゃのこと、飼っている昆虫のこと、お出かけしたときのこと等、5つの観点で堂々と話すことができ、上手です。発表後の友達からの質問にもしっかりと答えることができます。

 気になる点は、思い通りにならないと怒って暴れる点、友達を叩いたり蹴ったりする点、言い訳・文句が多い点です。具体的には、玩具をかごから全部出してぐちゃぐちゃにする、床のマットをはがす、ドッジボールで負けた悔しさにより、コート幅を示すために使っているひもをとって他の子が続けられないようにする、勝って「やったー」と喜んでいる子に対し、「自慢するな」「バカにするな」と言って蹴る、「こっちのチームは弱いやつばっかり」と文句を言う、友達の作ったものを壊す等があります。暴力をふるってはいけないという認識が弱く、様々な理由を持ち出して暴力をふるうことを正当化し、思い通りにならないことがあるとほぼ毎回友達を蹴ったり叩いたりしています。これらの点を改善するため、論理療法(論理情動行動療法)を通して、適応的に物事を捉えられるよう支援していきます。論理療法とは、アルバート・エリスが提唱した心理療法で、ABCDE理論とも呼ばれます。A(activating events)は出来事・状況のこと、B(belief system)は受け止め方・信念体系のこと、C(consequences)は結果のこと、D(disputing)は論駁のこと、E(effect)は効果のことです(Figure 1)。エリスは、同じ状況にさらされた際、人によってその後の行動が異なるのは信念の違いによるもので、不適応行動を変容させるには、行動そのものへのアプローチではなく信念を変えることが必要だと考えました。そこで、信念に対する論駁をすることによって効果を得ることができる論理療法を考案しました。

       Figure 1

(石隈利紀(2005).援助者のための論理療法入門―子どもとも自分とも柔らかくつきあうために― 日本学校心理学会 5,p.61より)

 同じ状況に置かれた人でもその後に生じる結果が異なるのは、A(状況)とC(結果)の真ん中にB(信念)、「物事の捉え方」があるのではないかというのが論理療法の発想です。この物事の捉え方が固いと、結果として怒ったり不安になったりしやすいので、そのビリーフを柔らかくするように働きかけます。その結果、考え方が柔らかくなったり、気持ちが楽になったりします(石隈,2005)。例えば、本児は友達にバカにされたと怒ることがよくあります。客観的に捉えると、友達がドッジボールで勝って喜んでいるだけのことですが、本児は「友達がバカにしてきた」「友達が自慢してきた」と訴えます。客観的に捉えると怒るようなことは何も生じていないのに、本児だけが怒っているという現在の状態を変えていく必要があります。まず、本児の自動思考が適切かどうか、一般的な子どもがどう受け止めるかという観点で評価します。自動思考とは、自分の意思とは関係なく自動的に思い浮かぶ思考のことです。本児の自動思考が適切でない場合、他の捉え方ができないか一緒に検討していきます。また、その考え方を実践し、その効果を検証していきます。

 ビリーフ(信念)を点検して、それを柔らかくすると、C(結果)が落ち着くとともに、A(状況)の景色も変わる(石隈,2005)とされています。現在の本児のように、「いつも勝たなければならない」「いつも上手くできないといけない」という固いビリーフを持っていると、負けたことや思い通りにならなかったことに執着してしまいます。そして、友達は自分をバカにしていないだろうかということに焦点を当てて周りの人を見るため、友達の様々な行動が自分をバカにしているように感じてしまいます。一方、「勝ちたいけど、いつも勝てるとは限らない」「上手くやりたいけど、いつも上手くできるとは限らない」と物事の捉え方を柔らかくすると、負けたり、周りに「やったー」と喜んでいる友達がいたりしても、それほど気にならなくなるはずです。問題は、どのようにビリーフを変えていくかということです。自動思考はネガティブな体験による推論の誤りによって形成されます。したがって、本児が上手くできなくても、それを指摘しない環境を提供し、取り組んだことやがんばったことを褒め、ネガティブな体験を減らす必要があります。これは、弊所だけでなく、学校や家庭との連携が必要になります。また、先日、本児の好きなキャラクターをプリントアウトしたものを友達からプレゼントされていましたが、「人から物を貰ってはいけない」と頑なに拒んでいました。本児は、お母さんにそう言われたと言っていましたが、お母様の意図が正しく伝わっていないのではないかと感じました。無闇に人から物を貰うことは危険であったりトラブルを引き起こしたりすることがあるかもしれませんが、場合によっては、もう少し柔軟に考えることができるようになると、他の事例でも柔軟さが般化され困り感の改善に寄与するのではないかと考えられます。友達の好意を無下にしながらその友達と仲良く過ごすことは難しいため、貰ってよいかどうかの判断を特定の大人に委ねるルールがあっても良いかもしれません。

 論理療法の重要な部分として「行動と人間を分ける」があります。論理療法では、人間全体の善悪を評価することはありません。その人の行動について適応的であったか、そうでなかったかの評価をします(石隈,2005)。本児が問題行動を起こしたとしても、本児自身を批判するのではなく、「友達を叩いた行為は良くなかったよ」等、行動に焦点を当てて声掛けをしていきます。また、本児は指摘を受けると様々な言い訳をし、自己弁護します。これは指摘を受けることは悪いことだという認識が強いからかもしれません。指摘された行動は正さなければなりませんが、それ以上の非難は受けないことを説明し、素直に受け入れられるようにしていきます。人にとって一番大切な素養は素直さだと言われます。素養とは、平素の修練により身に付けた教養ですから、素直さとはそれだけ意識しないと身に付かない難しいものであると考えることができます。

 論理療法のもう一つの重要な部分として「適切な感情」と「不適切な感情」を分けることがあります。「怒り」は不適切な感情の一つで、対処困難な感情です。「怒り」はあってもよいですが、「怒り」に左右されてしまうと自分の意見が上手く伝わらないことがあります(石隈,2005)。進化論の観点では、怒りにより外敵を淘汰し安全を守ることが可能であるため、怒りが有利に機能することもあります。しかし、怒りにより自分の意見を押し通そうとすると、却って相手の反発や抵抗を招くことになること(ブーメラン効果)を認識し、怒りの感情をコントロールできるようになって欲しいと思います。また、そもそも他者に対してのビリーフは「怒り」を生みやすいとされています(石隈,2005)。例えば「自分のしたいことに合わせて他者が動いてくれる」というビリーフを持っているとします。このビリーフが強すぎると相手がそうしてくれない場合に怒りが生じます。アダムスの衡平理論では、人は、優しくしてくれた人に対し笑顔を送ります。逆に言えば、怒る人に優しくすることは難しいことを知っておくことも大切です。

 論理療法に基づいて「選択肢を広げる」というアプローチは、幅広く使うことができます(石隈,2005)。様々な活動の中で、本児の考え方とは別の選択肢がないか一緒に考え、仮説を立てることで、新しい物事の捉え方を身に付けられるようにしていきます。事例ごとに一つ一つ丁寧に適応的な考え方を伝えることで、葛藤に対する反応と方向性を改善し、物事の捉え方のトレーニングを積み重ねていきます。

 また、ヒートアップとクールダウンを繰り返すことによって練習効果が出てきます(石隈,2005)。本児は、弊所での活動を通し、気持ちの切り替えが早くなる等、少しずつ成長しています。今後も様々な活動を通して、本児の良い点を更に伸ばすとともに、気になる点を改善し、成長を促していきます。

引用文献

石隈利紀(2005).援助者のための論理療法入門―子どもとも自分とも柔らかくつきあうために― 日本学校心理学会 5,59-72.

Juri F.

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