【要約版】日本における早期発達支援の現状と課題ー未就学の自閉スペクトラム症児の研究を考察するー

問題と目的

 早期発達支援とは、できるだけ早期に、指導訓練などの療育を行うことにより、障がいの軽減及び基本的な生活能力の向上を図り、自立と社会参加を促進することです。Greenは、1996年に発表した論文で、自閉スペクトラム症児に対する4つの早期発達支援研究を概観しました。その結果、早期発達支援は明らかに成果が認められるが、10%の自閉スペクトラム症児には効果が見られなかったと述べました。また、指導の開始年齢は遅くとも5歳以前、2、3歳で始めることが最適、応用行動分析のスーパーヴァイズのもとで指導を行うことが重要で、成果から考えるとそのコストは決して高くないと述べました。

 Greenが概観した4つの研究の中で、最も高い治療効果を示し、注目を集めたのがLovaas(1987)の成果です。Lovaasは、早期発達支援において、Discrete Trial Training(DTT)を中心とした多くの技法を組み入れて体系化し、初期より優れた治療効果を上げました。DTTとは、応用行動分析の中でも構造化されたトレーニングで、初期の応用行動分析の研究において得られた自閉スペクトラム症児に対する効果的な教授法の一つです。Lovaasは、3歳〜6歳までの自閉スペクトラム症児に対する3年間におよぶ系統的指導により、実験群の47%で通常の知的及び教育的機能が改善したと発表しました。この結果は、応用行動分析によるエビデンスに基づいた早期発達支援のきっかけとなりました。

 しかし 、Lovaasの手法は、多くの成果を上げた一方で、様々な問題点や課題が指摘されました。具体的には、訓練された行動の般化・維持が困難であること、自発性が低下すること、訓練された行動が拡大・発展しないこと等でした。これらの問題を解決するために、海外では、機会利用型指導法、タイムディレイ法、Pivotal Response Treatment(PRT)等の技法が開発されました。

 一方 、日本では、Lovaasが用いた既に効力のある強化子ではなく、社会性強化子の形成を可能にして実施されたフリー・オペラント法、HIROCo法が開発されました。フリー・オペラント法を開発した佐久間は、だっこやくすぐりといった身体接触を強化子として、自閉スペクトラム症児に発語を形成することに成功しました。フリー・オペラント法やHIROCo法は、先行刺激による制御を最小にし、後続刺激による制御を最大にするオペラント強化手続きに重点を置いた技法です。しかし、フリー・オペラント法やHIROCo法の手続きは柔軟性を特徴としていますが、適応的行動は全く自発的な行動ではなく、文脈の中の適切な弁別刺激に反応することであるため、久野らはLovaasが実施したディスクリートな場面での指導と、フリー・オペラント場面での指導を組み合わせ、兵庫医大式フリー・オペラント法と名付けました。

本研究の目的

 このように、Lovaas支援をきっかけとした早期発達支援は、多くの成果を上げながらも問題を指摘されてきました。その問題を克服するために、日本では海外とは異なる技法によって自閉スペクトラム症児の訓練が実施されてきましたが、早期発達支援の何が有効だったのか、どんな子に対して有効なのかなどの重要な疑問に対しては、今でもはっきりとした答えがないままです。また、海外と日本では療育に対する事情が異なるため、日本の治療教育に合った早期発達支援プログラムが必要であり、その実践研究が望まれます。しかし、それにあたり、日本における自閉スペクトラム症児への早期発達支援の指導内容や頻度、その効果の検討という観点からの研究知見が十分に整理されているとは言えません。そこで、本研究では、2000年以降の日本における早期発達支援の現状と課題を明らかにし、未就学の自閉スペクトラム症児への支援の手続き上の工夫について展望を行うことを目的としました。

方法

 文献検索の方法は、Google Scholarにより文献を抽出しました。検索対象期間は2000年以降としました。フリーワードにおいて、「早期発達支援 自閉スペクトラム症 未就学 応用行動分析」の4つの言葉を含む文献を検索した結果、合計824編の論文が収集されました。これらの論文のうち、(a)未就学の自閉スペクトラム症児に対して指導を行っている(b)行動分析学に基づく介入手続きを実施している(c)介入前、介入後の実証的データが伴っているという以上3点の基準を満たす論文を抽出し、最終的に24編の論文を分析に用いることとしました。項目の分類は、24編の論文を概観し、機能分析、指導目的、介入方法等、9つの観点に集約できると判断しました。

結果

 24編の論文を概観した結果、症状・検査情報・生育歴等では、言葉の遅れが見られる、一人遊びが多い等、コミュニケーションに問題が見られる症状が多い。機能分析は、遊び、言語、共同注意を対象としている研究が多い。指導目的は、言語行動、自発的行動、相互作用を対象としている研究が多い。指導場面は、大学、幼稚園、自宅で実施している研究が多い。介入方法は、 強化刺激を提示する、状況・場面等の環境を設定する、自発行動を生起させる、一緒に遊ぶ等の介入方法が多い。また、行動を生起させる介入方法が延べ29編あり、自閉スペクトラム症児が行動を生起させることに困り感をもっていることが示されました。期間・頻度・セッション数・時間は、研究によって大きなばらつきがある。扱われた変数は、言語行動を対象にしている研究が多い。介入結果は、24編すべてにおいて効果が表れ、行動分析の有効性が示されました。また、考察も、24編すべてにおいてポジティブな考察がなされており、行動分析の有効性が示されました。

考察

 Lovaas支援で指摘された問題を克服するために、「どのような早期発達支援を行えばよいのか」について、般化、自発性、維持・拡大の3つの観点から考察しました。行動の般化を促すには、対象児が好む遊び、ルールが分かりやすい遊び、般化場面と類似性のある遊びを選択する、手続きに遊びを導入する、即時強化する等が有効でした。

 自発性を促すには、対象児の好みや強化刺激をアセスメントする、嫌悪刺激を排除する、構造化された要求場面を設定する、工夫を凝らした確立操作を導入する、抽象性の高いごっこ遊びや自由遊び場面よりも設定場面を用意する、手続きに遊びを導入する、強化刺激を随伴させること等が有効でした。

 維持・拡大では、その子がもつ機能を把握し、その機能を満たす。子どもの好みを考慮する。また、好みのものがなくても楽しく遊ぶなどして、子どもが好む状態をつくりだす。子どもに関心を向ける。強化遅延手続きを活用する。具体性の高い設定場面を用意する。感情を表現する発話の増加を促すには、ことばのモデルを導入するだけでなく、遊びのモデルを導入すること等が有効でした。

 また、母親支援の重要性についても考察しました。母親に対して必要とされる支援は、障がい及び特性についての知識・理解を促進する支援の重要性が明らかになりました。また、負担感や不安感等の精神的なサポートにおいては、知識を伝えるだけではなく、親子交流会でのペアレントトレーニング等、実践に即した支援が必要と思われます。

早期発達支援の課題と展望

 我が国では、平成24年度に、児童発達支援や放課後等デイサービスを中心とする制度体系の骨格が形づくられ、この約10年の間に、身近な地域で療育を受けることができるようになりました。しかし、障がい児への支援として唯一エビデンスをもとにした研究成果をもっている応用行動分析が、療育現場で活用されているとは言い難い現状があります。したがって、早期発達支援の課題は、本論考で示された有効な手続きを、地域の療育施設にどのように導入していくかを検討することとしました。そして、その課題を解決する方法は、地域の一療育施設が応用行動分析を導入し、そこで得られた成果を公表することが有効な手段となると考えました。

 そこで、地域で障がい児支援をしながらその実現を目指す一事業所は、家庭、相談支援事業所、保育所、その他関係機関と連携し、行動療法の効果を高めようと努力する早期発達支援プロジェクトを立ち上げ、以下の5点を実行し、応用行動分析の成果を示すべきである。第1に、当事業所は、保護者が行動分析学の知識を用いて、子どもの問題行動に対応したり、子どもとよい関係をつくったりするための研修を実施する。第2に、当事業所は、親子通所ができる体制を整える。また、親子交流会を定期的に開催し、ペアレントトレーニングを実施する。第3に、当事業所は、相談支援事業所が実施する担当者会議に積極的に参加し、保育所や他の児童発達支援事業所等との連携を図る。第4に、当事業所は、定期的にシステマティックレビューを実施する。その時点における早期発達支援の有効な手続きを収集し、支援に反映する。第5に、当事業所は、研究で得られた知見を実践で応用し、その成果を公表する。また、障がい児支援の実践で有効な手続きが広く導入されるよう支援方法を体系化し、障がいのある子どもたちの未来をより明るくしていく。

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