感情をコントロールし、穏やかに過ごせる日を増やすー最近接発達領域(ZPD)の観点から考える支援ー

 明るく素直な性格で、がんばり屋さんな所がたくさん見られます。また、言葉の端々に優しさが感じられることが多く、本児童のお話を聞いていると、ほんわかとした気持ちになります。自由遊びの時間は、ブロックで遊ぶことが好きで、ロボットをよく作っています。作り終わると誇らしげな顔をして、気に入っている部分や工夫した部分の説明をしてくれます。運動エフェクトでは、どの種目も一生懸命取り組み、がんばっています。記録会では、長縄の回旋ジャンプ100回やドリブル100回を合格し、とても喜んでいました。集団遊びでは、積極的に取り組み、楽しそうに活動しています。学習の面では、切り替えが早く、集中して取り組むことができています。公文をがんばっていて、わり算の筆算ができるようになりました。内容が少しずつ難しくなってきましたが、新しいことができるようになるのがとても嬉しいようで、前向きに取り組んでくれています。戸外活動では、ペアを意識して行動することができるようになりました。また、友達と交互に遊ぶ場所を決めることができるようになり、あまり仲介をしなくても、仲良く過ごせるようになってきました。今後も、本児童の良い面をさらに伸ばすことができるよう努めていきます。

 気になる点は、学習の時間に公文の直しが思い通りにいかないと感情が高ぶってしまう点、おもちゃを取られそうになったり、友達の行動が気になったりすると、怒鳴ったり、強めの言葉を使ったりする点です。この点を改善するため、ヴィゴツキーのZPD理論に基づいて支援を行い、穏やかに過ごせる日を増やしていきます。

 ロシアの心理学者、ヴィゴツキーは、最近接発達領域(ZPD)について、「『教育学は、子どもの発達の昨日にではなく明日を目指さなければならない。そのときにのみ、教育学は、最近接発達領域のなかでいま横たわっている発達過程を、教授―学習過程のなかで呼び起こしうるのである』[1982, c.251]。『未成熟の領域は、しかしながら、成熟しつつある過程の領域であり、子どもの最近接発達領域を成します』1984a, c.264」という概念を提唱しました。「学習者の周りにいる援助者が、課題解決のモデルを示したり、課題解決のために注目すべき特徴を示したりすることによって、子どもはひとりで解決できない、より高次の課題を遂行できるということを指摘した。このような最近接発達領域における援助のあり方を、「足場かけ」と論じたのである(岡花,2009)」と述べられています。本児童が公文の直しで感情が高ぶってしまう理由としては、遊びたい気持ちが強いため焦って分からなくなってしまうこと、できない・分からない時の感情の処理の仕方が上手ではないため過剰に自分を責めてしまうことが考えられます。まず、学習時に感情が高ぶることを減らすため、以下に示す4つの段階に分けて支援を行っていきます。第一段階は、直しに対する嫌なイメージを減らす段階です。指導員が問題を解く所を隣で見ていてもらい、さっと終えられるようにします。第二段階は、指導員と一緒に問題を解く段階です。指導員の出すヒントをもとに、自分で計算してもらいます。第三段階は、間違っている部分を明確に示してもらい、自分で解き直す段階です。どこが間違っているかを考える負担を減らし、取り組みやすくします。第四段階は、一人で解く段階です。間違っている部分を自分で見つけ、訂正することができるようにします。第一段階から第四段階へ徐々に移行し、支援の度合いを少しずつ減らしていきます。一人でできる第四段階を目指し、まずは、第一段階から始めていきます。その際、本児童自身が『足場』を見つけ出し、創造していく過程を見落とすことがないよう配慮します。また、段階が上がった時に上手くいかない場合は、一旦元の段階に戻る等、柔軟に対応し、落ち着いて穏やかに取り組むことができるようにしていきます。

 また、ヴィゴツキーは「子どもの発達における遊びとその役割」において、次のように述べています。「就学前期の子どもは、日常生活においてルールに従えなくても、遊びのなかでは喜びをもってルール(役割)に従うという[cf.2005, c.209]。ここにはルールを楽しみ、喜びとする子どもの心理がある。ルールの認識と喜びの情動は同時に成立しているのである[cf.2005, c 216]。しかし、二歳児ではどうだろう。二歳児は目の前にあるキャンディーを、遊びのルールに従って扱うことをせず、衝動的満足に従って食べてしまうだろう。就学前期の子どもは、眼の前のキャンディーをもちろん食べたいが、二歳児のように衝動的満足にしたがうよりも、遊びのルールの下でそれを扱うことの方により大きな喜びを見出すのである(堀村,2013)」。遊びの中では喜びをもってルールに従うということから、遊びの中でルールを学ぶことができるということが言えます。これまでに、運動エフェクトで「負けても泣かない・怒らない・途中で止めない」というルール、戸外活動で「ペアを守る」というルールを導入してきましたが、ルールをしっかりと意識して守ることができており、改善の様子が見られています。また、「遊びは子どもの最近接発達領域を産出する。遊びの中で子どもはいつも、自分の平均年齢期よりも上位におり、自分の普段の日常的行為よりも上位にいる。[2005, c.220]このことから、遊びのなかで喜びの情動が増大するという力動的過程は、ZPDと同義的であるとみなすことができる。そしてそれは『成熟しつつある』という過程の内容を表していると考えることができるのである(堀村,2013)」とあることから、遊び自体が本児童の情緒の発達に良い影響を与えていると考えられます。今後も、自由遊び、運動エフェクト、戸外活動等、様々な遊びを通して、情緒の発達を促していきます。

 思い通りにならないことがあると怒鳴る点に関しては、行動分析的アプローチによる支援も行っていきます。本児童のこの行動は特定の友達に対して生じることが多く、その時の感情の度合いによって、問題行動が起こる場合とそうでない場合があります。問題行動を起こさず我慢できることもあることから、行動のレパートリーはもっているので、以下の支援を行い、気になる行動を減らしていきます。まず、「思い通りにならなかったり、嫌な思いをしたりしても怒鳴らない」等、行動の重要性を言語化し、予めルールとして伝えます。また、我慢できなくなりそうな時や自分で解決できない時は大人に頼るようにしてもらいます。大人が仲介することで、それぞれの場面の対処方法や考え方を覚えてもらい、徐々に自分で対処できるようにしていきます。また、声がいつもより大きくなる等、様子が怪しくなってきた時には、声掛けによる補助刺激を付加し、未然に対応できるようにします。怒鳴ることを我慢できたり、別の方法で回避できたりした場合にはほめ、好ましい行動を強化していきます。

 本児童は学習力があり、ルールを守ろうという意識も強いです。本児童がより過ごしやすくなるよう配慮し、友達と仲良く穏やかに過ごせるようにしていきます。

引用文献

岡花祈一郎・多田幸子・浅川淳司・杉村伸一郎(2009).保育における最近接発達領域に関する検討 幼年教育研究年報 31,131-137.

堀村志をり(2013).最近接発達領域は『可能性の領域』か:発達の力動の観点からの考察 東京大学大学院教育学研究科基礎教育学研究室 39,43-52.

Juri F.