人との関わりを増やし、言葉を引き出すー応用行動分析による要求言語行動と報告言語行動の形成ー
明るく素直な性格で、様々な活動に積極的に取り組み、楽しそうに過ごしています。自由遊びの時間は、おもちゃで遊ぶことが好きです。おもちゃの部屋で「どれにする?」と問いかけると自分でさっと決めることができます。大抵はトミカを選び、並べて数を数えたり、ダンプカー、タンクローリーなどと車の名前を言ったり、順番に走らせて遊んだりしています。他には、ウノブロックでドミノをすることもあります。倒れないようにそっと並べることが得意で、集中して並べています。すべて並べ終えると端から倒し、全部倒れると跳びはねて喜び、嬉しさを全身で表現しています。また、ニューブロックを並べて車の形を作ることもあります。長いブロックの左右に丸いブロックを2個ずつ並べ、車の展開図のような形を一人で作ることができます。その形をもとに平面から立体にすると喜び、しばらく遊びを続けています。途中でタイヤが取れてしまうと「とれちゃった」と直してほしいことを伝えてくれます。また、「お片付けするよ」と声を掛けるとすぐに切り替え、自分で片付けることができています。今後も、人との関わりを楽しんでもらう中で、「一緒に遊ぶと楽しいな」「もっと一緒に遊びたいな」と感じてもらえるよう支援していきます。
コミュニケーションの面では、聞くことについては大体理解できており、声掛けに応じることができています。最近は、「○○してね」と声を掛けると元気よく「はい」と返ってくるようになりました。話すことについては、通所し始めた頃はほとんどありませんでしたが、この半年間で、言葉を発することが増えました。まだ一方的な話し方で相手とやりとりすることは難しいですが、自分の興味のあることについて相手に伝えようという意識が高まっています。本児は、車が大好きで、送迎中、車を見つけると「あっ、救急車だ」「ショベルカーいるよ」「幼稚園バスだ」などと嬉しそうに教えてくれます。また、「ショベルカーは黄色」「青いトラック」「救急車は白色」等、色の情報も併せて伝えてくれることが増えました。また、戸外活動では、興味があるものを見つけると、「ガチャガチャあるね」「あっ、どんぐり」「滑り台あるよ」「ロボット動いてるね」「(展示してある車が)パパのと同じだ」、と目にしたものをたくさん言葉で伝えてくれるようになりました。今後も、楽しい環境を提供し、言葉で伝えたい思いを育み、さらに言葉を引き出していきます。
戸外活動では、様々な場所へ出掛け、楽しく過ごすことができています。公園では、大きな遊具も怖がることなく、積極的にチャレンジしてくれています。ローラー滑り台を一緒に滑ったり、補助しながら複合遊具で遊んだりしています。身体を動かすことが大好きで、様々な遊具に興味を示し、楽しそうに遊んでいます。砂場を通りかかった際には、小さなショベルカーで砂をすくう遊具を見つけると「ショベルカーあるよ」と、やってみたいことを間接的に伝えてくれました。このようなつぶやきを拾って、言葉の裏にある本児の「○○したい」「○○で遊びたい」という思いを汲み取ることを大切にするとともに、直接的な意思表示の仕方もその都度伝え、少しずつ練習していきます。戸外活動は、教室で過ごす日よりも様々な刺激を受けるため、言葉を発する機会も多くなり、本児にとって良い学びの場となっています。今後も、様々な経験を積み重ねてもらい、成長を促していきます。
運動エフェクトでは、様々な運動に積極的に取り組み、楽しんでいます。本児の好きな遊びは、輪っかを並べて順にジャンプする遊び、ボール遊び、でんぐり返し、お馬さん、玉入れ等です。自分のしたい遊びをするだけでなく、指導員から提案した運動にもしっかりと取り組んでくれています。特にジャンプすることが好きで、輪っかの色を言いながらジャンプしたり、数を数えながらジャンプしたり、少し離れた所に置いた輪っかまで大きくジャンプしたり、縄跳びのヘビをジャンプしたりと、繰り返し楽しんでいます。今後も様々な運動に取り組んでもらい、運動能力の向上を図っていきます。
学習の面では、運筆のプリントに取り組んでいます。「○○君、勉強しよう」と声を掛けると、すぐに遊びを止め、ニコニコしながら来てくれます。白い枠からはみ出さないように線を描いたり、数字を読んだり、迷路をしたり、色を塗ったりし、集中して取り組むことができています。また、課題をすべて終えた後に、プリントを持って「終わりました」と報告に行くことも一人でできるようになりました。今後も楽しく学習に取り組んでもらい、できることを増やしていきます。
先日実施したCARS2(小児自閉症評定尺度)の結果は、合計得点は20.0点で「自閉スペクトラム症のごくわずかな所見~所見なし」の範囲でした。これは本児の弊所での様子をもとにした心理検査の結果であり、診断をできるのは医師に限られているため、定期的に医療機関を受診し、医師の診断を仰ぐ必要があります。自閉スペクトラム症は、社会的刺激を処理する神経基盤の特性で、他者注意の弱さによる経験不足を補う必要があります。例えば、自閉スペクトラム症の子は一人遊びを好みますが、意図的に関わりを増やすことで経験不足を補うことができ、負のスパイラルに陥ることを止めることができます。また、社会性を支える脳機能は他者との関わりを通して発達するとされており、楽しい環境を提供し、否定せず良い行動を強化していけば定型発達に近い脳活動になることも分かっています。自閉スペクトラム症の核となる問題は、社会的コミュニケーションに従事するモチベーションの欠如とされています。自由時間等、本児の好きなように過ごしてもらうと、車のおもちゃで遊ぶことに没頭していることからも、人と関わろうとするモチベーションの低さが分かります。本児は低年齢で療育を始めたことにより、療育効果が出やすく、この半年間で自閉傾向は大きく改善しています。早期発達支援は問題の複雑化を防ぐことができるとされており、有効性も明らかにされています。本児は、今のところ自閉症状はある程度抑えられていますが、気になる点はいくつかあり、年齢とともに問題が大きくなったり、新たな問題が生じたりする可能性もあります。自閉スペクトラム症は、3歳頃までに特徴が現れますが、生涯にわたって悪化するものではないとされており、対処することで良くなることも分かっています。したがって、療育を継続し、年齢に合わせて切れ目なく支援をしていくことが重要です。
検査結果より気になる点は、言語性コミュニケーションが同年齢の子に比べ遅れている点です。通所し始めた頃と比べ、言葉を発することが多くなり改善しつつありますが、言葉はまだ少ないです。また、発する言葉は物の名前がほとんどで、言葉のやりとりが続くことはありません。本児からさらに言葉を引き出すため、以下の4つの手続きに取り組んでいきます。
1つ目は、般性好子を確立し、要求行動を形成します。般性好子とは、「人と関わると楽しいな、温かいな」等、人の刺激が好子として機能するようになることです。通所し始めた頃、本児をくすぐるとイヤイヤをしていましたが、最近はたくさん笑って喜ぶようになりました。また、くすぐってほしい素振りを見せるようになり、近付いてくることが増えました。運動エフェクト中にも、少し離れた所に置いた輪っかまでジャンプする遊びをした際、届かなかったら「ワニが来た~」と言ってくすぐっていた所、上手にジャンプができてもわざと転び、くすぐってほしいとアピールするようになりました。少しずつ人との関わりが好子になりつつあり、本児から関わりを求めることも出てきています。しかし、自由時間等は一人遊びに没頭していることが多く、本児の好きなように過ごしてもらうと、人との関わりがほとんどないのが現状です。したがって、今後も本児との関わりをさらに増やし、「一緒に遊ぶと楽しいな」「もっと遊びたいな」と感じてもらえるようにし、本児自身の人への接近行動をさらに増やしていきます。そして、遊びの中で楽しい経験を積み重ねてもらい、「もっとやりたい」「もっとしてほしい」という気持ちを引き出し、要求行動を形成します。具体的には、本児の好む遊びを通して「もう一回」「○○して」と相手に対して要求する行動を形成していきます。現時点、本児は、要求を自分から言葉にすることはありませんが、先にお伝えしたように動作で要求を表すようになってきています。そのような動作をした場合に「もう一回、だよ」等と、その都度要求するための言葉を伝え、真似して言ってもらうようにします。
2つ目は、動作模倣の形成です。動作模倣とは、動きの模倣のことで、粗大運動と微細運動の2種類があります。大人や他の子どもの動作と同じ動作を行う行動で、人の動作を真似すると周囲の人がほめる、笑うなどの般性好子を提示することで、模倣行動を強化します。本児は、運動エフェクトの時間に「こうやって」と言いながらお手本を見せると、大体の動きは真似することができています。本児は普段、相手に意識を向けることはあまりありませんが、動作模倣をするには相手に注目する必要があり、人への注目の練習にもなります。今後も動作模倣の練習を継続し、人に注目する機会を増やしていきます。そして、真似しようとした時や上手く真似することができた時はほめ、真似することを強化していきます。
3つ目は、聞き手行動学習を行います。聞き手行動とは、音声刺激が提示された時に、その音声刺激に対して適切な反応が出現することです。音声刺激を弁別刺激として提示し、対応する行動が生起したら般性好子を随伴させることで、聞き手行動を形成していきます。例えば、「ボール取って」と子どもに依頼し、取ってきてくれたら「ありがとう」とお礼を言ったり、「こっちに来て」と呼んで子どもが近寄ってきたら手をつないだり、一緒に遊んだりします。「ボール取って」等の聞き手行動には、音声による事物の選択が必要で、言葉の理解を促すことができます。また、「取って」「閉めて」「持ってきて」等の聞き手行動には、動作表現の理解が必要で、習慣的行動の獲得に寄与します。本児は、聞き手行動は既に学習されているので、現在の良い状態を維持してほめる回数を増やしていきます。
4つ目は、音声模倣の学習を行います。音声模倣獲得の前段階として、子どもの発声に対して大人が同じように発声する逆模倣があります。その時に笑顔やくすぐりなどを随伴させていくと、次第に大人の発声を子どもが真似するようになります。そして、大人の音声をプロンプトとして子どもが同じように発声するエコーイックをすることにより、マンドやタクトが獲得されていきます。マンドとは、要求言語行動のことです。大人が子どもの欲するものを察し、それを言葉にしてあげます。大人の音声をプロンプトとしてエコーイックが伴うことで子どもはマンドを学習します。例えば、言葉を必要とする環境を設定し、本児の好きな車を取りに来たら、「ちょうだい、だよ」と、要求の言葉をプロンプトとして提示し、本児がエコーイックをしてくれたら車のおもちゃを手渡します。このような経験を様々な場面で繰り返すことで、次第に要求を言葉にすることができるようになり、マンドを獲得することができます。タクトとは、報告言語行動のことです。子どもが何かに注意を向けた時にその名称を指導員が言ってあげます。その音声をプロンプトとしてエコーイックを随伴することで子どもはタクトを学習します。例えば、本児が何かを見た時に「○○だね」と報告の言葉をプロンプトとして提示し、本児がエコーイックしたら「よく言えたね、すごいね」とほめてあげます。そうすることで、子ども自身が見たものを報告するようになります。本児は「○○あるよ」と様々な報告をしてくれており、タクトは既に獲得されています。今後も本児の好きな活動や関わりを多く取り入れ、マンドやタクトが自発されるよう工夫していきます。
本児は、様々な活動に積極的に取り組み、楽しそうに過ごしています。また、言葉の数も増え始め、自分の見たものを積極的に伝えてくれるようになりました。今後も良い面をさらに伸ばすとともに、要求言語行動や報告言語行動を引き出し、コミュニケーション力をさらに伸ばしていきます。
Juri F.